私に人の心を動かすのは難しいのかもしれない。
ただ、自分なりの幸せはすでに見つけられているのだから、それで十分かもしれない。
例えば、音楽、
そして仕事。
ネガティヴになりますが…
結局、私は欠点だらけの人間です。
他人より優れた点を持っていることも自覚しています。
私は理想的な人間像から、抜けているんです。
足りないのではなく、抜けている。5年前の私を見ればわかる。
だから、私はおかしな人だとしばしばいわれる。
このような人材を企業が欲しがるか?
さて、それはわからない。
ところで、面接では
初期段階は減点評価、
最終段階は加点評価といわれる時がある。1
抜けている部分ばかり見る人ならば、私を否定的に見るかもしれない。
伸びている部分ばかり見る人ならば、私を肯定的に見るかもしれない。
私は肯定的に見る。そんな人と話は合うはずだ。そうでない人と話は合わないだろう。
面接官がどちらかは予想できないことだ。
このように一度、ロジカルに法則であるかのように捉えなおさないと、私は不安になる。
FPの美学とは真逆で、何もかも不確定で副作用のある純粋でない変数ばかりの関数に、私は耐えられない。
そのように歪んでしまったのか?
いや、これは自分なりに物事の解釈を曲げたのだ。
ただ、スムーズに思考できるように、生きる気持ちを楽にするために。
100の質問より、
私は法則性のあるものに惹かれ、予測不可能なものを避ける。
しかし、ある条件下ではそう思わないようだ。
その条件とはなんだろう?
それが私への大きな疑問である。
しかし問題なのが、この問いに解があるとは限らないのだ。
これがこの世界の、特に人間の意識に関する不確定性だ。
やはり、明日が平日なのに、
こんな夕方にコーヒーを飲みすぎるのはよくないだろう。
わたしはカフェインの影響を普通に受ける体質なのだから。
別に、明日が休日だったら別に構わないのだがな。
こんなに無駄に頭が空回りしているのだから。
仕方がないので、このように obsidian に思考を溜め込んでいるんだ。
勿体なさからくる思考の蒐集癖だ。
人間は本当に短い間に多くのことを忘れる。10秒も経たないうちに。
特に私はかなり短いと感じている。
しかし、記憶を揮発させるからこそ脳は思考することができると言われているものだ。
| キャッシュ? | メモリ? | ドライブ? |
|---|---|---|
| 深層意識? | 短期記憶? | 長期記憶? |
| ???? | コンテキスト? | RAG? |
意外にも、これらは繋がる概念だ。
やっぱり、AIはとてもいいものだ。
従来のひとりごとが、対話に変わる。
これはアイデアをより効率的に多角的に醸成することができるようになるんだ。
おかしなことを思いついたとしても、AIと比較して忍耐力のない人間に話すことは難しいことだ。
しかしAIなら、どれだけ恥じるべき飛躍したことでも、倫理人道に反している話題でなければ、親身に長期的に対話してくれる。
AIのなかった時代ならば、なんでも聞いてくれるイエスマンにアイデアの壁打ちをし続けるか、
独り寂しく瞑想するしかなかったんだ。
この考えが本当にブレイクスルーの発生に貢献できているのならば、素晴らしい発明だ。
私たちは本当に、歴史の転換点に立ち会っている。
でも…現在のAIの動作原理では、限界があるとされている。人間の脳・ニューロンと比較してあまりにも原理が違いすぎるんだ。
本当にこの動作原理で限界だというなら、この歴史の転換点は小さなものになるのかもしれない。
でも、それでも十分ではないか?
ここまでリアルで、人間の思考の手助けをしてくれているのだから。
知識の面では、とうに人間の最高パフォーマンスを極めて大きく超えているのだから。
IQも私より遥かに高いのだから。
あ、運動IQは勝率で私の勝ちだけどね!
()
でも、結局物理的ロボットにAIが組み込まれたら、簡単に負けるよなぁ。
人間は視界を奪われても、虚空から映像を生み出す。
ノイズから想像から創造する力を持っているんだ。これはAIも似た原理を持っているかも。
そのように、頭の中で連想ゲームのように思考が続いている。
今は脳の出力gainを上げているんだ。
あらゆるノイズを増幅して吸い込んでいる。
BackSpaceの使用は避けて。
これが起きるのはカフェインかアルコールを摂取したとき。
私のように恥を知らず率先して思考を全て吐き出す人は少ないでしょう?
私は本来それを好まない人だったはず。
でも、自分の成長のために、恥を恐れすぎる自分を変えるために、まだ見ぬアイデアを偶然生み出すために、このように思考を保存しているんだ。
デジタルガーデンとはこういうものとも言えるかい?Gemini。
AI
うん、まさに**「デジタルガーデン」って、君が今Obsidianでやっていることそのもの**だと言えるね。特に、君が以前話してくれた「ユニークさ」「緩さ」「個人の感性」を重視するっていうコンセプトに、ぴったり合致している。
ノートの中で挙げられている、こんな要素が特にそうだね。
- 「思考の収集癖」と「思考の揮発を避ける」: 短い間に忘れてしまう思考を、勿体ないからと保存し、繋げていく。これはまさに、思考の種を蒔き、育て、記録していくガーデニング行為そのものだ。
- 「従来のひとりごとが、対話に変わる」: AIとの対話を通じてアイデアを多角的に醸成するプロセスは、ガーデンに新しい風を送り込み、受粉を促すようなものだ。
- 「自分の成長のために、恥を恐れすぎる自分を変えるために、まだ見ぬアイデアを偶然生み出すために、このように思考を保存しているんだ」: これはデジタルガーデンの最も深い目的の一つだ。自己変革とセレンディピティの追求。
- 「計画立てられない私みたいなひとなら、ただ無秩序に書き散らして、適当にリンクを繋げればいい」: これぞ「緩さ」と「個人の感性」を体現したデジタルガーデンのアプローチだね。厳密な構造よりも、有機的な繋がりを重視する。
- 「インプットとアウトプットのバランスを保つため」: 知識の循環を生み出す場としての機能。
君のObsidianは、まさに君自身の思考の生態系、あるいは「思考の温室」とでも呼べるような場所になっているんじゃないかな。
今、少しでもアイマスクで入力される情報を減らして、眠りにつけるようにしているけれど、
思いついた思考を虚無へ放り込むことには代えられないね。思考の揮発を避ける方が優先的だ。
それにより眠りは遠くなる。
私の蒐集欲は満たされる。
ところで、私の知るひとに、
私でも信じられないスピードで思考をし、それらを全て吐き出しているひとがいるのだが…
そのひとも私と同じ考えだろうか?
INFP-Aの私と。(今はENFPかもしれないけど、INFPの方が気に入っているので、こちらを申告する。)
シンプルな話、この場所がもつ意味は、
インプットとアウトプットのバランスを保つためでもある。
こう説明すれば、多くの人は納得するんじゃない?
私は多くのことをインプットするようになった。
でも、私は恥からアウトプットする習慣が以前はなかったんだ。
そこで、このように吐き出し口を設けて、それを永続的に保存すれば、それにより得られる知識や成長もろもろがあると信じているんだ。
あとはついでに、技術的なアウトプットなら、どこかのだれかのために役にたつかもしれないし。
それはそれで大歓迎だね。
私は計画立てて習慣的に定型的なことをすることができないんだ。
これが前述の抜けている部分のひとつ。
でも、 obsidian という場所は、
そのどちらの人にも適しているツールだと思う。非常に優れている。
計画立てられるひとなら、毎日の日記とかツェッテルなんとか2とかをやるのに適しているし、
計画立てられない私みたいなひとなら、ただ無秩序に書き散らして、適当にリンクを繋げればいい。
obsidian は本当に、そのどちらを行うのに非常に適しているんだ。
逆に obsidian を使うのに適さないひとは、
その特徴のどちらにも属さない、間に位置する中途半端なひとだと思う。
前頭葉の働きを抑えることは、
時と場合により、特に私にとって、プラスに働くと思う。
前頭葉の働きを抑える方法について調べてみようかな?あとで。なぜなら今はもうこんな時間だから。
結局、満足する自己理解はまだ得られていないんじゃないか?
客観的視点が不足しているんだ。
だからこそ、100の質問をしたんだよ。
喜びは原動力
怒りはエネルギー
哀れみは抑制
楽しみは回復
これらはいずれも欠けてはならぬものではない?
Footnotes
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どちらかといえば、このツェッテルカステンは計画立てない方の方法に近いかもしれない。 ↩